
著者
日本漠然研究学会 漠然分析官 ハマナカ
要旨(アブストラクト)
本稿は、現代社会における「人格の複数化」を、デジタル技術とソーシャルメディアの普及を前提とした新たな理論枠組みとして再記述する試みである。
古典的には、Mead の象徴的相互作用論や Goffman のドラマトゥルギー論が、役割の多様化に伴う多元的な「セルフ」の存在を指摘してきた。さらに、Berger らは近代以降の「生活世界の多元化」を通じて、個人のアイデンティティが単線的ではなく複数の文脈に分節されることを論じている。
一方で、近年の研究は、Instagram や Twitter 等におけるマルチアカウント運用を通じて、若年層がどのように複数の自己像を管理しているかを明らかにしているが、これらを統合的にモデル化する理論枠組みは未だ十分ではない。
本稿では、こうした先行研究を踏まえつつ、(1) 主体とモノを含む「合議制モデル」、(2) 複数の「アカウント」として自己を捉える「マルチアカウント理論」、(3) 個人をアカウントの集合から成る「国家」として理解する「集合アカウント国家論」という三層の概念モデルを提示する。
これにより、マーケティング論における「ペルソナ」概念や、デジタル時代の自己呈示研究を再解釈するとともに、同盟・併合・外交など国際関係論的メタファーを用いた新たな分析視角を提案する。
キーワード
人格の複数化/自己呈示/マルチアカウント/生活世界の多元化/ペルソナ/国家メタファー
参考
1. 序論
近代社会以降、個人はもはや単一の安定したアイデンティティを持つ存在としてのみ捉えられない。象徴的相互作用論の系譜において、Mead は「一般化された他者」を通じて社会的自己が構成される過程を示し、そこには複数の他者視点の内面化が前提とされている。
Goffman は日常生活を「舞台」と見なし、個人が文脈ごとに異なる「役割」や「自己呈示」を遂行することから、複数のセルフが存在することを示唆した。
Berger らが論じた「生活世界の多元化」は、宗教・職業・家族・消費など、日常生活の諸領域が分節化され、個人がそれぞれの領域に応じた異なる自己を編成する状況を指している。
この文脈において、「人格の複数化」は長らく社会学の重要テーマであったが、近年のソーシャルメディア環境における「アカウント」レベルの自己管理は、既存理論に新たな再検討を迫っている。
実際、Instagram や Twitter では、若年層が「本アカ」「裏アカ」「趣味アカ」など複数のアカウントを運用し、観客と文脈に応じて異なる自己呈示を行う実態が報告されている。
こうしたマルチアカウント運用を、単なる技術的現象ではなく、人格構造のモデルとして理論化することが本稿の課題である。
さらにマーケティング実務においては、「ペルソナ」概念が、特定の顧客像を仮想的な「人格」として定義し、設計やコミュニケーションを最適化するために広く利用されている。
本稿は、この「ペルソナ」を個人内部のアカウント構造へと転用し、「アカウントモデル」として再定式化することで、現代における人格の複数化を記述する理論的基盤を提示する。
2. 先行研究の整理
2.1 自我・アイデンティティの社会学的理解
Mead 以降の象徴的相互作用論は、自己を「他者との相互作用の過程から生成されるもの」として捉えてきた。Janoski らは、複数の「一般化された他者」が内面化されることによって、個人内部に複数のセルフが並存しうると指摘している。
Goffman のドラマトゥルギー論は、個人が状況ごとに異なる役割を演じ、時にそれらの間に「ロール・ディスタンス」をとることを論じることで、多元的な自己の存在を前提としている。
また Berger らの生活世界論や、これを継承した議論は、近代化・グローバル化に伴う生活世界の多元化が、個人のアイデンティティを単線的な物語から複数の物語へと分割させると論じてきた。
2.2 デジタル自己呈示とマルチアカウント
ソーシャルメディア研究は、オンライン環境における自己呈示の新たな様態を検討している。Instagram 上のセルフィー分析や、オンライン自己呈示と自己評価の関連を扱う研究は、フィルターや編集を通じた「過剰な自己呈示」が社会的評価とどのように関係するかを検証している。
特に、複数アカウント運用に注目した研究では、若者が「本アカ」と「裏アカ」を使い分けることで、公的な自己と私的な自己、実名と仮名、規範的空間と解放的空間といった二重構造を形成していることが示されている。
こうした研究は、アカウントごとに異なる自己像が構成されることを明らかにしているが、「アカウント」を人格モデルにおける構成単位として位置づけ、オフライン人格構造と接続する理論的枠組みは十分に整備されていない。
2.3 ペルソナ概念と「アカウント」への転用
マーケティングおよび UX デザインの分野では、Alan Cooper によるペルソナ概念の提案以降、典型的なユーザー像を半フィクション的な人格として定義する手法が広まっている。
ペルソナは本来、組織が外部の顧客を理解するための道具であったが、本稿は、この概念を逆向きに用い、個人が自己の内部に構築する複数の「対外的自己(対他者ペルソナ)」として再定義する。その際、ソーシャルメディアのアカウント構造は、「どのペルソナが前景化しているか」を技術的に可視化する装置として解釈できる。
3. 理論モデルの構築
3.1 合議制モデル:脳内議会としての自己
第一のモデルである「合議制モデル」は、行為主体が一枚岩の単一人格として意思決定するのではなく、「複数の人格」と「眼前のモノ(対象)」との合議を通じて行動を決定するという仮説に基づく。
ここでいう「人格」とは、内面における異なる価値観・感情・役割意識の束であり、「モノ」とは、道具・作品・デジタルデバイス・身体感覚など、主体と相互作用を行う非人間的アクターである。合議制モデルでは、主体はこれらの人格・モノと「会話」あるいは「インタラクション」を行い、その応答の過程が「脳内議会」として組織化される。
このモデルは、Latour らのアクターネットワーク論的な視角を想起させるが、本稿ではより主観的・現象学的レベルに留まり、当事者の内面経験としての「モノとの対話」に着目する点で異なる。議論の結果として得られた「妥協案」や「総意」が、最終的に現実の行動として表出するという構図である。
3.2 マルチアカウント理論:自己のアカウント化
第二のモデルである「マルチアカウント理論」は、合議制モデルをさらに形式化し、自己を「複数のアカウントの集合」として理解する。ここでいうアカウントとは、特定の文脈・他者群・目的に応じて活性化される一種の人格ユニットである。
3.2.1 コアアカウントとビジネスアカウント
アカウントは大きく、以下の二類型に区分される。
1.個人アカウント(コアアカウント)
親密圏・趣味・内面的欲求と結びつく自己像
少人数の「観客」を前提とし、弱い規範圧力のもとで形成される
2.ビジネスアカウント
職業的役割・組織成員としての役割・公共性の高いコミュニケーションと結びつく自己像
不特定多数または広いネットワークを前提に、高い自己規律と自己検閲を伴う
日常会話やビジネスシーンにおいて、主体はしばしば無自覚に「ビジネスアカウント」へとログインし、発話のレジスターや表情、感情の出し方を切り替えていると考えられる。この切り替えは、Goffman のいう「フロント・ステージ/バック・ステージ」の切り替えと親和的であるが、アカウント理論ではそれをよりモジュール化された人格ユニットとして再記述する。
3.2.2 シングルアカウント理論
一方で、すべての主体がマルチアカウント構造をもつわけではない。観察される限り、一貫した論理と態度を保持し、対人関係や環境変化によって思考や行動がさほど揺れ動かない「シングルアカウント型」の主体も存在する。
このタイプは、強固なコアアカウントを唯一の参照点とし、他者の期待や環境の要請よりも自己内在的な価値観を優先させる傾向がある。これは、Goffman が「トータル・インスティテューション」における「自我の一元化」という形で描いたものとは異なり、自律的な一貫性として現れる点が特徴的である。
3.2.3 マルチ/シングルへの分岐条件
人格モデルがマルチアカウント型に分岐するか、シングルアカウント型として維持されるかは、「他者人格の受容・複製」の程度に依存すると仮定できる。すなわち、
対人観察傾向が高く、他者の期待や感情に敏感である
複数の社会領域(仕事、趣味コミュニティ、オンライン空間など)にまたがる生活歴をもつ
自己と他者の境界を柔軟に捉える傾向がある
といった主体は、新たな他者に適応するための「専用アカウント」を内面に生成しやすく、結果としてマルチアカウント化が進行しやすいと考えられる。高感受性や対人不安を抱える主体の場合、他者の反応を過度にシミュレーションすることが、アカウントの分裂と増殖を促す可能性もある。
3.2.4 ペルソナからアカウントへ
マーケティングにおける「ペルソナ」は、組織が「想定顧客」を一種の人格として構築する技法であるが、個人内部で生成されるアカウントもまた、「特定の観客を想定して設計された自分用ペルソナ」として解釈できる。この点で、ペルソナ概念を「外部他者の表象」から「内部自己のモジュール」へと転用し、「アカウント」という用語を用いることは、実務と理論を橋渡しするうえで有効である。
3.3 集合アカウント国家論:個人=国家メタファー
第三のモデルである「集合アカウント国家論」は、先に述べたマルチアカウント構造をさらにメタレベルで把握し、「個人はアカウントの集合体としての『国家』である」とする大胆なメタファーに基づく。
3.3.1 生育環境としての「国」とアカウント生成
アカウント生成は、比喩的な意味で「国=自己」の生育環境によって強く規定される。家族構成、地域文化、教育制度、経済的資本、さらには実際に属する国家(日本、中国、アメリカなど)の歴史的・地政学的条件は、アカウント国家の「基本戦略」を規定する。
例えば、
海洋国家型:海洋に隔てられることで外敵の侵攻を恐れずに生活ができ、外部との交易・往来が多く、他者との接触頻度が高い環境では、新たな出会いに応じてアカウントが増殖し、多様な対外関係を取り結ぶ傾向が強まる。
大陸国家型:限定されたコミュニティでの濃密な関係が支配的な環境では、強固な少数アカウントが支配的となり、外部に対して排他的な振る舞いが強まる。
日本社会は地政学的には海洋国家である一方で、特定の地域(たとえばローカルなヤンキー文化が色濃い地域など)では、大陸国家型に近い一元的・対立的なアカウント国家が形成されることもある。このように、アカウント国家は地理的国家の性格と部分的に相関しつつも、必ずしも一対一には対応しない。
3.3.2 国家間関係としての対人関係
マルチアカウントユーザー同士のコミュニケーションは、国家間の外交としてモデル化できる。各アカウントは外交官あるいは省庁として機能し、以下のような比喩的対応が成立する。
日常的な友人関係:ゆるやかな文化交流・相互承認
職場での協働:経済協定・安全保障条約
SNS 上のフォロー・リプライ関係:外交ルートの開設
ブロック・ミュート:国交断絶・制裁
3.3.3 結婚・起業・共同プロジェクト=同盟・連合・併合
結婚や起業、あるいは共同創作など、「一蓮托生」でリスクとリソースを共有する行為は、国家レベルでは「同盟」「連邦化」「国家併合」に相当する。
結婚:二つのアカウント国家が、生活資源と感情資本を共有する長期的軍事・経済同盟
起業:複数のアカウント国家が出資し、第三の「企業国家」を建国するプロセス
家族形成:新たな「市民(子ども)」の誕生を通じたアカウント国家の人口増加
これらのプロセスでは、各アカウント国家の内政(内的葛藤・価値観)と外交(他者との交渉)の双方が再編成される。たとえば結婚により、従来はコアアカウントのバック・ステージに留まっていた側面が、配偶者との関係においてフロント・ステージ化し、新たな「夫/妻アカウント」が生成されるといった変化である。
4. 理論的含意と仮説
本稿で提示した三層のモデルは、以下のような理論的含意と経験的検証可能な仮説を含んでいる。
1.合議制モデルの含意
脳内議会の「参加者(人格・モノ)」が多いほど、意思決定の熟議度は高まる一方で、決定までの時間は長くなる傾向がある。
クリエイティブ実践(芸術・デザインなど)においては、作品や道具との「対話」が、合議制の重要な構成要素となる。
2.マルチアカウント理論の合意
マルチアカウント型主体は、文脈適応能力が高い一方で、アカウント間の整合性維持コストを抱えるため、「アイデンティティ疲労」を経験しやすい。
シングルアカウント型主体は、自己同一性の感覚が強い一方で、文脈変化に対する柔軟性が低く、異文化・異組織への適応に困難を覚える可能性がある。
高感受性や対人観察傾向の高い者ほど、新しい他者群に遭遇するたびに専用アカウントを生成しやすく、結果としてマルチアカウント構造をとりやすい。
3.集合アカウント国家論の含意
生育環境の「資源アクセス性」や「敵対的他者との接触頻度」が、アカウント国家の基本戦略(開放・閉鎖・防衛的外交など)を規定する。
結婚・起業などの「同盟・連合」プロセスを経験した主体は、アカウントの再配分や権限移譲を通じて、自己統治構造を再構築する。
マルチアカウント国家同士の対話は、「外交的誤解」—すなわち、どのアカウントが誰に向けて発話しているかのズレ—を介して、しばしば摩擦を生む。
これらの仮説は、デジタルエスノグラフィーやインタビュー調査、ソーシャルメディアアカウントの運用実態分析を通じて検証可能である。
5. 結論と今後の課題
本稿は、古典的な自我論・アイデンティティ論および、現代のソーシャルメディア研究・マーケティング実務におけるペルソナ概念を踏まえつつ、「合議制モデル」「マルチアカウント理論」「集合アカウント国家論」という三つのモデルを提案した。
合議制モデルは、人格とモノを含む「脳内議会」として自己を捉え、行為決定を熟議の結果として理解する。
マルチアカウント理論は、自己を複数のアカウントの集合としてモデル化し、シングル/マルチの分岐条件を他者人格の受容・複製度に求めた。
集合アカウント国家論は、個人をアカウント国家として捉え、対人関係を外交・同盟・連合として読むためのメタファーを提供した。
理論的には、これらのモデルは、生活世界の多元化とデジタル技術の進展がもたらす人格の複数化を、一貫したフレームで記述する試みである。実務的には、ペルソナ設計や組織開発、メンタルヘルス支援、教育実践などにおいて、個人内部のアカウント構造を可視化する手段として応用可能であろう。
今後の研究課題としては、(1) 実証研究を通じたアカウント構造の類型化、(2) アカウント国家間の「外交」としての対人葛藤のプロセス分析、(3) 精神医療やカウンセリングにおける複数人格状態との接続可能性の検討が挙げられる。特に、臨床的な多重人格障害概念と本稿のメタファー的モデルを安易に混同しないよう、倫理的配慮と概念精査が求められる。
参考文献
Berger, P. et al. “Pluralization of the Life-World.”
Goffman, E. The Presentation of Self in Everyday Life および関連論文。
Janoski, T. E. “Multiple and Ranked Generalized Others in Symbolic Interactionist Theory.”
Hong, S. (2020). “Excessive Self-presentation and Instagram Selfies.”
Hjetland, G. et al. (2022). “Self-Presentation on Social Media across Adolescents.”
Yoanita, D. (2022). “Self-presentation on Multiple Instagram Accounts.”
Sokowati, M. E. (2022). “Multiple Instagram Accounts and the Illusion of Freedom.”
Tao, M. (2023). “Finsta and Secondary Instagram Accounts.”
Mellado, C. (2022). “Roles and Digital Identities on Twitter and Instagram.”
Cooper, A. “The Invention and Use of Personas.”
関連資料
Podcast
自分の中にもう一人の自分がいることを我々は『ワタシマルチアカウント』と呼んでいる
図鑑
あなたの「漠然」募集中!
あなたが普段抱いている、ぼんやり言葉にできない言葉。
こちらの投書箱にどしどし投げ込んで!
漠然マイスターが、番組内で言葉にします!
図鑑に載ったり、Podcastで読まれたり、漠然グッズになったりするかも……?
バク然らいぶらりの研究成果をご覧いただきありがとうございます!
今後もこういった漠然をコトバにしていくので、ぜひ、登録をしていただければ幸いです。








