「そもそもギャルってなんなのさ」。
その疑問、ギャルマスター☆ゆかりんに答えてもらおう!
辛いことや悲しいことがあった時、心に住むギャルズと対話して解決する「ギャルマインドー」を伺う!
自己肯定感、可愛さへの忠誠、心の中のギャル四天王、そして「ワタシカワイスギテゴメン」という受け流しの奥義。
毎週金曜20:00に繰り広げられる「終わらない雑談」は、今夜も少し賑やかにお送りいたします!
要約
00:00:00 説明しよう! ギャルマインドーとは!
今回は、ギャルマスター☆ゆかりんに「そもそもギャルとは何なのか」を聞くところからスタート。どてらいは、かつてギャルの友人たちの軽やかさに救われた経験から、ギャルを神聖な存在として捉えていると語る。ゆかりんにとってのギャルとは、誰にどう思われても「私が一番可愛い」「私が最強」と思える自己肯定感の塊。自分自身はギャルになりきれないからこそ、心の中に複数のギャルズを宿し、悩んだ時や落ち込んだ時に呼び出すのだという。ギャルマインドーとは、自分を励まし、背中を押し、重たい空気を軽やかに飛び越える心の技術なのである。
00:10:25 豪快! ギャル四天王
ゆかりんの中にいるギャルズは一人ではない。親身になって「何でも言いなよ」と寄り添ってくれるギャルもいれば、「そんなの考えてもしょうがなくない?」と突き放してくれるサバサバ系ギャルもいる。さらに、ゆかりんの理想のギャル像を決定づけたのは、友人の結婚式で出会った4人のギャルズのお姉さまたち。超絶ゴージャスな装いで現れ、花嫁を全力で褒め、自分たちも全力で楽しむ。マナーを壊すのではなく、場を明るくしながら自分たちの可愛さも譲らない。その豪快さと自由さに、ゆかりんは「これがギャルだ」と強く感じた。
00:21:51 もしかしてギャルは別次元の存在?
結婚式で見たギャルズたちは、ただ派手だったのではない。場の空気を支配し、そこに独自の世界を立ち上げていた。寒くても可愛い服を着る。長い爪で生活が不便でも、可愛いから貫く。他人からどう見られるかではなく、自分が自分を可愛いと思えるかを優先する。そこには、社会の一般的な便利さや無難さとは別の秩序がある。ハマナカとどてらいは、ギャルとはただのファッションではなく、独自のルールで生きる別次元の存在なのではないかと考える。ギャルは、社会の重力に抗う小さな惑星なのかもしれない。
00:27:21 合議制モデル思考にギャルを参加させる方法
ギャルマインドーは、バク然らいぶらりでたびたび登場する「合議制モデル思考」ともつながっていく。ゆかりんは、爪を長くして出社するか悩んだ時、心のギャルズに相談する。するとギャルズは「人にどう思われても関係なくない?」「爪ごときで言われるなら、それまでの仕事しかできてないってことじゃん」と、かなり論理的に背中を押してくれる。ギャルは脊髄ではなく、むしろ脳みそを通している。自分の中に、社会不安を受け流し、自分を肯定してくれるアカウントを置くこと。それがギャルマインドーの実践方法なのだ。
00:33:15 なぜギャルはエネルギーに満ち溢れているのか
話は、ギャルのエネルギーへ。ギャルは、なぜあれほど眩しく、パワフルで、人を巻き込む力があるのか。ギャルは自分の可愛さに忠実でありながら、他人を否定するのではなく、自分も他人も明るく巻き込んでいく。結婚式でのギャルズの振る舞いも、場を荒らすのではなく、むしろ楽しさを増幅していた。さらに、臨月でも格闘技イベントに参加するような、常識の枠を軽やかに超える行動力の話も出る。ギャルのエネルギーは、他人に依存せず、自分のテンションを自分で上げられる自立性から生まれているのかもしれない。
00:38:42 社会学におけるギャルという存在
ギャルは、一般秩序を壊す存在ではなく、独自の秩序を持った存在として見えてくる。社会のルールに完全に従うのではなく、自分の可愛さ、自分のテンション、自分の譲れない価値観に従う。しかしそれは、他人へ強要するものではない。ギャル同士も、依存しすぎず、それぞれが自立したまま群れているように見える。ハマナカは、ギャルになれない人でも、別のキャラクターを心に宿すことで、自分を肯定する術を持てるのではないかと考える。つまりギャルマインドーは、ギャルだけのものではなく、自分を支える守護人格を持つ技術でもある。
00:49:42 ギャルマインドー ~壱ノ型・ワタシカワイスギテゴメン~
最後に、ギャルマインドーの初心者向け奥義が披露される。それが「ワタシカワイスギテゴメン」。誰かに冷たくされたり、嫌な態度を取られたりした時、怒りをそのまま相手にぶつけるのではなく、「私が可愛すぎちゃったのかな」と受け流す。相手の問題に巻き込まれず、自分の可愛さに一度変換することで、怒りの矛先をずらし、心を守る技である。もちろん現実の問題をすべて解決するわけではない。けれど、日常の小さなイラつきや傷つきから自分を守るには、かなり使える。ギャルマインドー、壱ノ型。ここに開眼である。
漠然なる気付き
ギャルとは、見た目だけではなく「誰にどう思われても私が一番可愛い」と思える自己肯定のマインドでもある。
ゆかりんは自分自身が完全なギャルではないからこそ、心の中にギャルズを宿している。憧れを内面化することで、自分を支える人格にしている。
心のギャルズには複数のタイプがいる。寄り添い系ギャル、サバサバ系ギャル、背中を押すギャル。状況に応じて呼び出すギャルを変えるのが、ギャルマスターの技である。
ギャルは脊髄ではない。むしろ、かなり論理的で筋が通っている。「可愛いからやる」という一見シンプルな行動の裏には、強い価値基準がある。
長い爪が不便でも、それは問題ではない。ギャルは「便利かどうか」ではなく「自分がテンション上がるか」で判断している。
結婚式のギャルズは、場を壊しているのではなく、場を明るくしていた。マナーを守りながら、自分たちの可愛さも全力で楽しむ姿はかなり強い。
ギャルは、社会の一般秩序とは別の独自秩序を持っている。その秩序は他人を攻撃するものではなく、自分のテンションと可愛さを守るためのもの。
ギャルのエネルギーは、他者への依存ではなく、自立した自己肯定から生まれている。だから周囲にも明るさを分けられる。
ギャルマインドーは、合議制モデル思考と相性が良い。心の会議にギャルを参加させることで、自己否定に傾いた議論を一気に明るい方向へ持っていける。
ギャルを宿せない人は、別のキャラクターを宿せばいい。自分を肯定し、背中を押してくれる存在なら、それも広い意味でギャルマインドーなのかもしれない。
「ワタシカワイスギテゴメン」は、怒りや傷つきを自己肯定に変換する受け流しの技である。相手の態度を全部自分の価値否定として受け取らないための術式である。
ギャルマインドーは、問題解決というより心の防御術に近い。現実を変える前に、自分の心が削られすぎないようにする。
前回のゆかりんは脊髄トークの使い手だったが、今回のゆかりんはかなり理論派だった。ギャルについて語る時、彼女はちゃんと脳みそを通している。
第19回は、ギャルという存在を、ファッション、自己肯定、合議制モデル、社会秩序、ストレス受け流し技術として紐解いた回だった。
日本漠然研究学会は今後、ギャルマインドーの型を継続的に研究すべきである。壱ノ型の時点で、すでにかなり使える。
本日の漠然マイスター
ハマナカ
紙折り人。DJやプログラミングもする。折り紙デザインスタジオ Kamiori-Studioを運営している。漠然スタイルは「神降ろし」。0から1を作ることに没頭しているうち、その身に神を宿す術を習得しつつある。マイスターとしては研究家気質で、他人の漠然感の分析に余念がない。
どてらい
物書き。空手やたこ焼き職人もする。主に雑誌『散歩の達人』で執筆、トンチキ企画担当。最近、古畑任八郎という人格が発現した。漠然スタイルは「イタコ」。グッと集中すれば他の人格を憑依させられるし一時的な記憶の塗り替えも可能。自分を単なる容れ物と考えているイカれた男。
ギャルマスター☆ゆかりん
フォトグラファー。自分自身はギャルではないが、迷ったり、悩んだりしたときに心のギャルズと対話して解決する合議制モデル思考&ワタシマルチアカウントの使い手。
漠然スタイルは「刹那」。
「時間ギリギリに動く」、「脳を通さず脊髄で喋る」といった、今、この瞬間を直視することで漠然を拾う。
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